2009年6月30日火曜日

植栽工

 今日はヒサカキを数本植えてきました。
まぁ今日は支柱不要ということだったので
穴を掘って植え込むだけだったので、
気楽な気分で現場に一人で行きました。

 そしたらなんだか、リボンがついたスコップが。
簡単な「植樹式」が段取りされていたのでした。
なんだか必死で掘ってくたびれました。

 毎回樹木を植えるたびに
「がんばって育ってくれな」
って思いをこめながら作業しています。
記念樹なんかだと余計プレッシャーかかるから
だけど、記念樹じゃなくても自分が植えたのは
ちゃんと育ってほしいものです。
いつまでも近く通るたびに気になって生長を
見守っています。植栽工事は一本一本、
いつまでたっても忘れないだろうなぁ。

2009年6月29日月曜日

まんぷく


 「まんぷく海苔弁当」
というコンビニを良く食べます。
唐揚げ、白身フライ、ちくわ天にナポリタンスパゲティ
という順番で食べていきます。
最後にお楽しみのハンバーグ…と手をつけると
実はソースがビタビタに浸かったコロッケであることが
判明してちょっぴりがっかり…
そんなこんなで過去に5回くらいちょっぴりがっかりしています。
そんな自分にがっかりです。

2009年6月28日日曜日

ゆったり日曜

 横浜開港150周年イベントの有料会場の前売り券を、
以前買っていたので今日行く予定だったのですが、
出かけるところで雨が降ってきたので延期することに
しました。

 DVDをレンタルしてきて家で観ました。

『マリー・アントワネット』
『ハンサム☆スーツ』

 家でのんびりするのも、たまにはいいもんですね。
のんびり、で思い出しましたが考えたらそうのんびりして
いられないのでした。今年の9月に2つの検定試験を
受けるのです。

 「建設業経理士 1級 原価計算・財務分析」
 「造園施工管理 1級」

 建設業経理士のほうは3科目中2科目の受験です。
そろそろ勉強しなきゃ。また電卓を叩く日々が始まります。

座右の銘

 自分の座右の銘は
「一生勉強 一生青春」 (by 相田みつを)
です。だから私はいつだって勉強、いつだって青春です。

 逆に大嫌いなのは
「自分も若かったらそれをやったのに…」
「今じゃもう若くないからできない」
といった類の言葉です。

 「少年老い易く学成り難し」
というのも分かる気はしますが、
「老い易い」から「若いうちに勉強しなさい」とつながるのは
なんだかなぁ、という気がします。

 つまり、勉強はいつだってできるもので、
歳をとったからできない、というのは単なる言い訳であって
勉強ができない理由にはならない、と思うのです。
というか、自分に言い聞かせているのです。

 確かに、歳をとれば集中力も落ちて記憶力も落ちて、
若いときよりも勉強しにくいかもしれませんが、それと
勉強ができない、というのはまったく違う気がします。
というか、自分の知り合った中で、定年をしてから大学院に
入りなおして修論→博士課程→博論を目指す人もいますし、
60を大きく過ぎてから造園修行を必死でする人もいるので、
そんな人たちをしっているのに、「もう少し若かったらいろいろ
やったのに…」とか口が裂けても言えないし、そんながんばる
人たちを知っている以上そんな言葉を聞くのも嫌なのです。

 自分の好きな漫画、藤子不二雄の『未来ドロボウ』(S.52年)の中に

「若いということは想像以上にすばらしい、
すばらしすぎるんだ!!
世界中の富をもってもきてもつりあわないだろう。」

というセリフがあり、非常に印象深くて頭に常に残っている言葉ですが、
ここでの「若い」は絶対的な「若さ」ではなくて相対的な「若さ」であると
自分に言い聞かせています。今の自分からみると、大学一年生は
若いなぁと思うけど、少し上からみると今の自分も十分に若いのです。
今の自分が大学一年生に「若くて勉強できていいなぁ」なんて言える
立場にないと思うのです。そういうわけで、今も、この先30年,40年,
一瞬一瞬を大切に、日々是勉強としていこうと思う所存です。

 自分にとって、
「少年」はたとえ70になっても80になっても
「少年」であり続けます。

少年易老学難成
一寸光陰不可軽

2009年6月26日金曜日

夕飯はスペシャルコース

 今日は嫁さんが夕方友達と会うということで、
先に好きなように夕飯を食べることになっていました。
ということで、スーパーで買って食べましたよ。

ハートチップル
カツ丼弁当
カップ焼きそばUFO
たらみ どっさりフルーツミックスゼリー

 これでもビールを我慢して焼酎にしたんです。
ものすごい悪いことをしているような気分でした。
カップ焼きそばを食べている時に嫁さんが帰ってきました。

 ハートチップルはなんとなく罪悪感があったので、
ゴミは仕事かばんに入れて証拠隠滅を図っていたのですが、
においでバレました。


 "я шагаю по москве"(『モスクワを歩く』)というソ連時代の
古い映画の中での会話だったと記憶しているのですが、

"Когда люди поют?"
 「人はどんなときに歌うの?」
"Люди поют тогда, когда счастливы."
 「幸せなときに、人は歌うんだ。」

という言葉を、
鼻歌を歌ったり、歌っている人をみるたびに思い出します。
きれいな会話です。

 その会話をまた聞きたくて、映画を早送りしながら見直して
みたのですが、どうも見つかりません。どの映画だったかなぁ。

2009年6月25日木曜日

マテバシイ


 昨日のことですが、
木に乗り込んで剪定していたら
太枝が「みしっ」と鳴りました。
マテバシイにダイエットを
勧められている気がしました。
これでも最近ちょっと
痩せたんですが…。


 さて、マテバシイ。
どんぐりがなる木です。公害にも強く潮風にも強く丈夫な木で、
あちらこちらに植えてあります。街路樹にも公園にもよくいます。
何かの本で「葉は革質で大きく、趣がない」と書かれていたのを
読んだときは「なんて可愛そうな言われようなんだ」と驚愕しました。
名前から、「シイ属」かと思っていたら「マテバシイ属」なんていう
分類になっていました。同じブナ科だから兄弟分みたいなもんか。

 「分かる」というのは「分かつ」こと、つまり分類・区別することで
理解することができる、と教わった自分としては、何でもかんでも
分類することを理解の第一歩としています。

 よく「ロシア語は英語と近いの?チェコ語とかと似てるの?」
なんてことを聞かれましたが、
どれもインドヨーロッパ語族だから近いといえば近い、
その中でロシア語はスラブ語派、英語はゲルマン語派だから
ハトコみたいなもんで、チェコ語とはスラブ語派の中の
東スラブ語群と西スラブ語群の違いだからイトコみたいなもんですわ、
なんて事をいっていました。

 そんなこんなで、樹木を覚えるのにも「~科」やら「~属」なんてのにも
こだわってしまうんですね。言語と同じで、近い分類は近い性質を
もってて覚えやすいし。
「分かることは分かつこと」、意識すると世界がちょっと整理できます。

2009年6月24日水曜日

スュルプリーズ デセール

 「スュルプリーズ デセールってどういう意味?」
というメールが先日きました。
なんでも有名パティシエとのコラボデザートを
セブンイレブンで新発売するようですが、
フランス語だろうけどその名前の意味がわからない、
とのことです。

 いろんな言葉を知っているわけではないけど、
いろんな言葉を調べるための辞典や本は無駄に
たくさんあるので、フランス語の辞書を調べてみました。

 「スュルプリーズ」=surprise
 「デセール」=dessert

 なるほど!!


 報告すると
お菓子の「ラングドシャ」の時と同じで言われて納得。」
という返事。

 「ラングドシャ」= langue de chat = "tongue of cat"

2009年6月23日火曜日

脚絆


 日々、なんとなく生きてる気が
するので、それを打破するため
何か書いていこうとふと
思いつきました。
前の日記がサービス終了により
今月中に消えてしまうそうです。
なんだか今さらながらに
寂しいです。

 さて、脚絆。「きゃはん」と読みます。
今日の草刈仕事で脚絆を装着して作業をしてみました。
手首に巻くのは手甲。ふくらはぎに巻くのが脚絆。
「地下足袋+脚絆+作業着+手甲+ヘルメット+保護めがね」
という姿です。

 草とか土とか地下足袋の中に入って汚れるのが嫌だったから
脚絆をしてみたのですが、「きゅっ」とふくらはぎを締めると
気も引き締まったのでなんだか良い感じでした。